「宅配」

「あと少しだし…もう少しだし…がんばるし…！」
短い脚をもっちもっちさせ、トボトボよりは速く、たぬきがオフィス街の歩道を駆けていく。
”たぬきにしては”なので人間の早歩きぐらいの速度だ。事実、頑張ってはいないが目的地へ急ぐ人間たちには容赦なく抜かれている。
その背中には四角いバックパック。黒の生地には白と緑の文字で“ターヌーイーツ”と刻まれていた。
最近、街中で急増している宅配サービスの１つだった。
素早く、料理と共に可愛さもお届けする“ウーマーイーツ”とは全く違うものなので、お間違えのなきよう…。
このたぬきの目的は、3丁目の鈴木さんのところへラーメンを届けることだ。
注文は前日の昼。実に20時間が経過しようとしていたーーー。

朝のラッシュ時、職場へ急ぐ人間たちの中に、たまたま虫の居所が悪い人間がいて
宅配たぬきは脚をひっかけられてしまう。
「ぎゅうぅぅうう！？」
顔面から突っ伏し、地面へ豪快に自分の顔を擦り付けて滑り込む。
「なんだし…どうしたし！？」
ちょっと赤くなって小石のついた顔を上げて辺りを見回すが、犯人は見つけられない。
「あっ！？」
ラーメンのスープで自慢のバッグも、服も、何もかもが濡れていた。
「どうしようし…しっぽも濡れたし…」
それでも諦めない。
彼女らには、誇りがあった。

とある企業が、たぬきを使った事業を始めた。
たぬきに対しても、大々的に告知が行われた。
食事と寮が与えられ、件数に応じての歩合制ではあるがきちんと給料が支払われる。
試験があり、つまみ食いや持ち逃げをするような頭の悪い個体は選別される。
教えられるのは仕事のやり方だけでなく、意義。
君たちが頑張って走ればたくさんのヒトを笑顔にさせられる。
たぬきでも役に立てる仕事があると証明したい。
君たちにはそれができる。君たちはできるたぬきだーーー。
承認欲求を高める鼓舞の演説と徹底した社員教育が、つまみ食いをしない宅配たぬきを作り出した。


宅配たぬき達は知っている。
お客様の笑顔と感謝の言葉。それこそが何物にも変え難い“勲章”であると。
邪険に扱われ、虐げられ、あるいは無視されてきた彼女らにとって、
必要とされる仕事など今まであっただろうか？いや、ない。
みんなに“笑顔“を届ける。そのためなら、多少の困難は苦にならない。
やる気に満ち満ちたぬきでいっぱいであった。

ラーメンは宅配仕様にせずそのまま器に盛られ、一応普通に走れば大丈夫なように固定されるが、たぬきが一度でも転倒すれば絶対に中身が溢れる仕組みで、安全な配達にはどう見ても向いていない構造であった。
そもそも料理が目的ならたぬきには頼まない。絶対にだ。

「ターヌーイーツですし…お届けにあがりまーし…」
呼び鈴は押せないので、端末を使って配達完了！のお知らせを送信する。
扉を開けて出てきた注文主を確認して、バックパックから中身を取り出す。
「ちょっと少なくなっちゃったけど…どうぞし…」
注文主は冷たい目で一瞥すると、無慈悲に、扉が閉まる。
「あっまってし…受け取ってほしいし…」
料理の代金と配達料は注文主からお店に振り込まれ、たぬきが直接金銭をやり取りすることはない。
受け取ってもらえなかったり、運ぶのに失敗した場合は給料から差し引かれるのでたぬき達も必死だ。でも給与明細は読めない。


大々的な告知だったが、実は人間向けとたぬき向けで、内容は大きく違っていた。
あなたに“笑顔”を届けます。
各種乗り物や首にぶら下げた端末には小型カメラが仕込まれていて宅配の道中の様子を楽しむことができる。
乗り物オプション、ルートの危険度などを選択する。
もちろん、料金も内容に応じて変わってくる。
一輪車コースはスタート開始とほぼ同時に料理がダメになる上、
しばらく練習する時間もかかって結局諦めて一輪車を手で押して歩いていく様子まで映すのでなかなかの高額オプションだ。


料理ではなく、たぬきがじたばたする様を楽しむ。
これが“ターヌーイーツ”の真の醍醐味だった。
もちろん、これらの機器やバックパック代はたぬきの給料から賄われるので借金のマイナススタートから始まる。完済した宅配たぬきは今のところ確認されていない。大体が搾取され、笑い者にされてそのたぬ生を終える。

受取拒否たぬきのションボリとした帰り道も、しっかり注文主の元へ送信され続けていた。



別の日。あまりの激務に、たぬきから発せられたションボリが集まり、ちびたぬきがポップした。
「ｷｭｰ！ｷｭｷｭｷｭｰ!」
「あの…」
「なんだ」
「遅れたおわびにこのちび、要りませんかし…？」
「いらない。帰れ」
「わかりましたし…わたしのションボリを吸って産まれたたぬき…責任を持って育てますし…」
「その責任こっちに押し付けようとしてたのに凄いこと言うなお前…」
「気のせいですし…失礼しますし…」



こうなった以上は見捨てられないのがたぬきの性だった。
バックパックの中に一緒に入れて運ぶ。
「よしよし…」
社員研修を受けたわけではないちびたぬきは粗相をしたり、商品を食べてしまうのも一度や二度ではなかった。

「え？2個セット？…確かに伝票はそうなってるし…おかしいし…
  アッちびダメだし！それ食べちゃダメだしぃぃぃ！」
「お客さん…そのちびは料理じゃないし…持っていかないでくださいし…」
宅配の道は孤独だ。
つらい仕事の中でも、注文主の家というゴールまで走り続けねばならない。
その孤独を紛らわせ、時に励まし、時にやり甲斐を与えてくれる。
いつしか、宅配たぬきにとってちびたぬきはかけがえのない存在となっていた。


本部はというと、気づいていないわけがなく、
新たなオプションとして黙認していた。
子連れの道は険しいが、それでもちびたぬきを育てるためにと苦労する様子を見られたり
たぬきの失敗を子供のせいにして理不尽に叱責できるシチュエーションはなかなか人気で、
子連れたぬきは本人の知らないうちに地域指名ナンバーワンとなった。
少なくとも、バックパックに入れて背負えなくなるまでの間は。


コンビニとの提携も行なっている。
コンビニTANUKIで子たぬき揚げとセルフたぬき酒セットを注文すれば、
出来上がり前に宅配たぬきを呼び出し、
出来上がりを待つたぬきの前で調理を行うところから動画がスタートするオプションも好評だ。
油の中で跳ね回るちびたぬきの悲鳴を聞いて、出来上がりを見せられてジタバタ、あるいは気を失う宅配たぬき。
また、なんとか出発したとしても
ちびたぬき揚げはともかく、セルフたぬき酒は気絶したちびたぬきが包装されているので
会社の看板を汚し、自腹を切ってまで逃がすべきか、
自らの手でまだ生きているちびたぬきを確実な死への道を運ぶことに苦悩する姿は、他では見られないと人気を博している。


「ダメだし…こんなの、ゆるせないし…」
1度、覚悟の上でちびたぬきを逃がそうとしてパッケージを開けたものの、
ちびたぬきがへべれけで歩道に飛び出し、車に跳ね飛ばされて行方不明になった際には
「大変だし…大変だしぃぃ…！」
｢ﾋﾟｯ⁉︎ｷﾞｭｩｩ…ｸﾞｫｪｱ…」
錯乱し、よその野良ちびたぬきを気絶させて箱に押し込み、送り届けたたぬきもいたが、全部見られていたので後に無事クビとなった。




スラムたぬきの巣を通るルートを渡され、
料理を狙われて木の棒で殴られたり石を投げられたりしながら命からがら届けた先で、
「お届けだし…死んじゃうかと思ったし…でもチャーハン届けるために怖いのがまんしたし…！」
顔を真っ赤に泣き腫らしながら、ほめてもらえると思って必死に配達するたぬきもいる。
「ふーん。でも、これ嫌いなんだよね」
と、注文者はその場で持ってきたたぬきに食べさせる。
「なんでだし…？いやがらせかし…？」
お腹はいっぱいだが、もやもやした帰り道にもう1度野良に襲われるという野良ルート往復コースも人気だった。



たまに様々な奇跡が噛み合い、
料理を温かいまま、無事に届けられる宅配たぬきも存在する。
そんな時、注文主は決まって、はぁ…とため息をつく。
動画的には全く山場がないからだ。
わざとため息をついてみせる注文主もいる。
たぬきにはこれが一番堪えると知っているからだった。
ご飯が美味しいうちに届けられるよう、頑張って走ってきたのに。
お前は役立たずだと言われているようで、実際言われてからため息をつかれることもあって何で働いてるんだし？


「やばいしぃぃぃ！死んじゃうしぃぃぃ！」
たぬきの悲痛な叫びも、轟音にかき消される。
大雨特別警報が出され、
総雨量は800ミリ、風速は100メートルを超えた。
最強台風の日に、雨合羽を着せられ頑張ってこいよ！と送り出されたのだった。
全身濡れないし雨合羽姿がかわいいという理由だけでたぬきもそれを了承した。
「飛んでるしぃぃぃぃ！この世の終わりだし…！」
足元から掬い上げられ、雨合羽たぬきが暴風雨の空で揉みくちゃにされる。
ライブカメラをセットして、台風の規模、危険度を伝えるために駆り出されたのだ。
これもまた、人間たちの手助けになっている。
それはそれとしてちゃんとピザを別口で頼む。たぬきの悲鳴が良いスパイスになる。
「やだしぃぃーー！誰か助けてしぃぃーー！ｷｭｩｩ…ｸｩｩﾝ！ｸｩｩﾝ！」
後日、大方は川に浮かんでいるか木に引っかかっているかで発見されるのだった…。



「でかいし…ここまでのでかさは初めてだし…」
駅前を中心に活動する別の宅配たぬきは、高層マンションを見上げた。普段ションボリして下ばかり見ているので、首が痛くて長いこと見上げていられない。
宅配たぬきは、別にマンションを眺めていたいわけではなかった。
「自動ドアが開かないし…自動じゃないし…」
壊れているのではなく、体重が足りないのだ。
立ち尽くしていると、遅くに帰宅してきた住人が入る際に、一緒に入れてもらえた。
「すみませんし…」
マンションの住人にお礼を言って、何とか入る。
ななまるさんの花丸さん、で教えられているので⑦のボタンを探すが、そこで気づく。
「あっ…届かないし…」ｼﾞﾀﾊﾞﾀ


さっきの人は階段で上がってしまったので、こちらも諦めて階段で登るしかない。
たぬきは脚が短いので、一段ずつ掴まりながらよじ登る。
「ふぁいとぉー、いっぱーつ、し…」
自慢の一張羅も汚れ、顔も黒くさせながら、時々休憩する。月が綺麗だった。
もう注文を受けてから随分経ってしまった。
出発したのは昼の13時過ぎだったか。
「でもきっと、お客さんは待ってるし…頑張るし…」
これだけで40分ほどかけて、7階まで辿り着く。
インターホンは押せないので、端末で連絡を入れる。
これを使って自動ドアやエレベーターをクリアすればよかったのでは？と思うあなたは正しい。
「お届けにあがりまーし…！遅くなってすみませんし…！」
9時間ぐらいなのでまだ早い方ではある。



「うんうん、頑張ったわね」
原型を留めていた天丼を、用意していたゴミ箱に捨てた。
「え…！何で捨てるし…！？」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「もうお腹いっぱいだから。あと時間経ち過ぎてもう食べられないわよ」
「もったいなし…」
お客様の役に立てなかった。怒られることを思うと、ションボリも3割り増しだ。
帰るためエレベーターに乗り、ボタンを押そうとして気づく。
「あっ…届かないし…」ｼﾞﾀﾊﾞﾀ
ひとしきりジタバタするものの、夜中にエレベーターを利用する人間はおらず、
たぬきは諦めて階段へ向かう。
もう一度階段で移動することを考えると気が重かった。


「ふぬっ…し…」
行きと同じく、再び階段に捕まって一段ずつ降りる。
後ろ向きにならなければならないので、当然、降りる方が怖い。
いっその事、転がり落ちた方が早い気もするがたぬきにその勇気はなかった。
踊り場で何度休憩しても、手がぷるぷる震えるのが止まらない。
これを一階まで繰り返して。
再び、たぬきは自動ドアの前で立ち尽くした。
「やっぱり開かないし…」ｼﾞﾀﾊﾞﾀ
時間も時間なので誰も出入りがない。深夜1時だ。
「帰れないしぃ…」
翌朝、管理人が出勤してくるまで体育座りで待つしかないのだった。



「お客さんそれ何だし？」
5時間経って、すっかり伸びきってぬるくなったそばの器を渡して、たぬきが尋ねる。
「たぬきそばだよ」
「たぬきそば…！？」
同じたぬきが気をつけの姿勢で浮いているそば…？
仲間のたぬきが、じたばたしながら鍋に入れられる様を想像し青くなるたぬき。

たぬきも暇なときは料理してるところ見せてもらうし…。
時々お肉の端っことか余りを食べさせてもらえるから見学たぬきも多いし…。
中華だと火があがる瞬間にはｼﾞﾀﾊﾞﾀしちゃうけど安全圏から見る興奮には変え難いし…。

「でもそんなのは見たくないからさっさと帰るし… 」



「ちょっと待ちなよ。こんなの食べられないからたぬきちゃん食べて」
「えぇーー…し…」
「ちゃんと感想も言ってね。今後の参考にするから」
その場で食べさせられ、食レポを強要されるパターンがあった。
大抵は語彙がないのでバカにされるしかない。
「えっと…たぬきは入ってなかったし…おいしいし…
　麺がモチモチしてて…すごくいいニオイで…ニオイもおいしいし…。
　とにかくおいしいし…これでいいし？」
「もうちょっと頑張って欲しいなぁ。何も伝わってこないよ。おいしい以外になんかないの？」
「そんなこと言われても…おいしいとしか言いようがないし…」
「はぁ…この程度の食レポもできないんじゃ、頼むんじゃなかったな。
  他のたぬきも大したことないんだろうね。
  帰っていいよ。ご苦労さん」
「ひどいし…！急に言われたって出来るわけないし…！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀ



語彙のなさを散々バカにされて、笑われて、たぬきは恥ずかしさに耐えられず踵を返した。
一緒に働いている仲間達までバカにされたのが何より悔しかった。
「たぬきだって、傷つくし…」
ションボリ、トボトボ歩いて帰る。
猫背はさらに丸くなり、荷物の分軽くなったはずなのに身体はやけに重い。
結局この時の悔しさをバネに食レポの勉強をして豊富な表現で喋れるようになるが
『持ってきた商品自分で食べて批評するとかどうかしてる』の一言で心に大きな傷を負い野良に戻った。



やがては多くのたぬきが心や体を壊し、休職していくが
お給料、安心できる寝床、たくさんの同僚。何より社会のお荷物扱いされないことに魅力を感じ、門戸を叩くたぬきは後を絶たない。
今日もたぬきは走り続ける。
みんなに“笑顔”を届けるために…。
「お届けにあがりまーし…」

オワリ